仕事のトラブルで男が最寄りの駅にたどり着いたのはちょうど日をまたぐ時間だった。
当然終バスもとうに出発しており、男は仕方なくタクシーを呼ぶことにした。
手慣れた手つきでスマホを取り出し、タクシーアプリを開いた。
行き先を自宅に設定し、待つこと10分。タクシーは到着した。
タクシーに乗り込むやいなや、男は目を閉じて仕事のことを振り返っていた。
家庭の事情で急遽前任がいなくなり、右も左もわからないまま仕事を”引き継いだ”。
明日もまたその対応をしないといけないと考えるとどこかに逃げ出したくなった。
「次の信号を右でいいですか?」
ふいにタクシー運転手から声をかけられた。
正直、目をつぶっていたのでどこを走っているかは皆目見当がつかないが、タクシー運転手が間違いはしないだろう。
今どきはナビもあるし。
「曲がってください」
「ありがとうございます」
1~2分も走るとタクシーが止まった。赤信号か?
目を開くとなにかがおかしかった。信号がピンク・・・?
ピンクが茶色に代わるとタクシーは走り出した。窓の外を見るとおかしい。
有名な子供服チェーンの看板がなんとも言えない看板になっている。あれはハンバーガ屋? でもあんなアルファベットなんか見たことない。
「ちょっと、運転手さん、ここはどこですか?! 外国ですか?」
「・・・」
「聞いてますか? 家に帰りたいんですけど!」
「ああ、こっちに帰りたい人じゃなかったのか・・・」
タクシーの運転手がつぶやくと急にすべてが真っ暗になった。
タクシーのライト、街灯、店の看板、家の明かり、すべてが。
次に見えたのは赤信号の明かりだった。タクシーは左に曲がるらしく、ウィンカーの音が社内に響いている。
「次の信号を”左に”曲がりますよ」
男の返答を確認するより早く信号が青になり、タクシーは左に曲がった。